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Vol.172
娘からの手紙
(夫)木下 修さん(妻)雅野さん
【 修 】孫ができて、まぁ、早く顔を見たいなと思ってたんです。去年、長女のところに女の子、一番末っ子の息子のところに男の子ができまして、その中で北海道に居てる長女の子どもの事でいろいろとあってですね。
 予定日が去年の8月下旬だったんですけども、1ヶ月早く、7月20日に、9ヶ月で保育器に入るような状況で産まれました。その時にうちの嫁さんが北海道の方へ母乳を届けるのに冷凍して、北海道の倶知安に住んでるんですけども、倶知安から、えー、札幌? ちゃうわ。札幌?
【 雅野 】手稲。
【 修 】手稲! 手稲の病院まで1時間半かけて母乳を運んだという経緯があるんですけど、その話を嫁さんにちょっと話してもらいたいと思いまして、はいっ! お願いします。

【 雅野 】その娘との親子の絆はね、10年前に結婚した時には繋いだつもりだったんです。けれども、やっぱり、その後10年を迎えて、孫を迎えた時には、まだまだ、すべて流れた訳じゃなかったというのが後から分かったんです。
 私自身も1ヶ月いく中で、やっぱり、上手くいってないっていうのはどっかにあったので、“1ヶ月、娘と上手くいくかなぁ?”“喧嘩するん違うかなぁ?”という不安があって、また、娘もそれを思ってたみたいでね。
 妊娠までは「お友だちもいてて、第二の母もいてるから、安心してください」という言葉ももらってたんです。けれども、いざ出産となったら、娘が「1ヶ月、来てくれるかな?」って言った時に、主人は二つ返事で「行ったれ!」と言ってくれたのをすごく娘が喜んでくれて、行くことになったんですけれども、やっぱり、不安はあったんです。
 私が育てた娘なんですけれども、気が強いので“喧嘩するん違うかなぁ?”とか思ったんです。だけども、この1ヶ月を無駄にしたら、何にもならないので“絶対、聞くことだけをさしてもらおう”と思ってやったんですね。
 本当に1ヶ月、じっと我慢させていただいて、娘は25歳ぐらいでこの家を出て、ずっと自分一人で生活してきて、本当に頑張ったっていうことは、親も認めてあげたかったんですけれども、それもなかなか伝わらず。
 今回、この機会をもらって、毎日毎日、子どもと向き合って、毎日毎日、子どもの「ああやった」、「こうやった」、「お母さん、こうやった」と。その度に謝らしてもらって、「こうやったね」、「よう頑張ったね」、「ああ、悪かったね」と言って、最後の生活の中では、口から飛び出しそうなぐらい言われたんです。
 けれども、“何のために来たのか分からへんから”と思って、グッと我慢してやってきて、帰る日の前日に娘が夜更かしして、手紙を書いてくれました。帰り際、「お母さんが家に着いた時、お父さんに渡して」と言ってくれて、その中で最後に書いてくれた言葉が「わかろうとしてなかったのは、お母さんじゃなくて、私やってんなぁ」っていう言葉をもらった時に、やっぱり、この子の胸の内を全部、吐き出さしてあげたことが“良かったなぁ”って。
 この1ヶ月、主人にも不自由をしてもらったんですけれども、“あぁ、大きな大きなものをもらったなぁ。良かったなぁ”と思って、帰って来ました。ありがとうございました。
【 修 】ありがとうございました。