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Vol.163
自分のこととして聴ける自分
小谷康恵さん
 母が美容室をしていて、毎日のように来て、一緒に働いているんですけど、コロナで、やっぱり、ちょっと影響があって、お客さんの数は結構、減っています。それで、大変な面もあるんですけど、良かったことがひとつあって、一人のお客さんにかけられる時間がすごく長いんです。
 今までは何人かのお客さんが一緒に居られて、本当にもう、ありきたりの、普段の世間話だけで終わっていました。でも、今は 一人のお客さんにかけられる時間がすごく長くて、本当に、その場所がいつもつどいのような状態になっているんです。
 今までだったら、お客さんと一線をおいて仕事をしていたんですが、相手も私に話してくれるし、私も今まで自分の話っていうのは、在家仏教こころの会のつどいの場以外では、なかなか、自分をさらけ出して話すことができなかったんです。
 だけど、今、お客さんで3人、自分をさらけ出してしゃべる“お客さん”っていうのを超えて、親しい間柄になった人がいて、自分のことを語ると相手もこころを許してくれるんだなぁっていうのを今更ながら、すごく実感しています。

 私の父親はいわゆるアルコール中毒、昔だったら“アル中”っていう状態で、今から2年半前に他界しました。
 生まれてからこのかた、“私はそのお父さんがいるから、こういう人生しか歩んでこられなかったんだ”という思いで、ずーっと、私は生きてきました。
 在家仏教こころの会で、みなさんのつどいとか、いろんなところに参加して、一緒に話して、ずいぶん、私も勇気づけられて、今まできたんです。
 それで父親が他界して、もう、これで終わったっていうんじゃなくて、“父親がいたからこそ、自分がある”っていうのを今はすごく実感しています。
 それはやっぱり、いろんな思いをしてきたから、人の話を聞く時に相手のこころっていうか、相手に寄り添えて……。そこまではいっていないんですけど、相手の話を“自分のこととして聴ける自分がいるかな”って。
 そしたら、相手もやっぱり、こころを開いてくれて、話ができて……。今、コロナ禍で、なかなかつどい、支部のつどいも縮小して、5人とか、4人とか、すごく、ちっちゃなつどいしかできていない現状ですけど、それプラス、自分のつどい、こころを本当にさらけだして話せるつどいを、自分自身がちっちゃいながらも、やっぱり、自分とこころを通わせる人とこれからやっていきたい。
 自分の目標ができて、その前段階ですけど、今、そこに自分のこころが向いていることが、すごく、自分が今、嬉しい! ありがとうございました。