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Vol.162
“鬼”のわけ
内田珠実さん
 私の母が心臓から出ている動脈が高血圧で破裂して……。朝、仕事をしていたら、母から電話がかかってきて、「胸と背中がすごい痛くて、呼吸ができない」って言われたので、即「救急車、呼ぶから」と言って、救急車を呼びました。
 救急搬送されて、“不幸中の幸い”というか、心臓に近いところの動脈ではなかったので、「大動脈解離」ということで、とりあえず、出血が止まって、なんとか3週間ぐらいで退院することができたんですね。
 その母のことで、私も病院に何回か行かないといけなくなったので、仕事を休むことが多くなってしまったんです。

 私は病院で言葉のリハビリの仕事をしているんですけど、「明日、休むから」とかを看護師さんにも連絡するんです。で、うちは看護師さんもすごい、いろんなキャラクターの人がいて、いろんなあだ名が付けられていまして、例えば、“ここを踏んだら怒られる地雷”とか、“師長でもないのに仕切りまくる総師長”とか、そういうあだ名の人がいっぱいいるんです。
 その中で、新人に“鬼”って、影で呼ばれている人がいて、めちゃくちゃ、すごい厳しいんです。その人がたまたま、廊下を歩いてきたので、私が明日、仕事を休むことを言いました。いつも嫌味とかを結構、言う人なので、嫌味が返ってくるかなぁと思っていたんです。
 そうしたら、「どうしたの?」と聞かれて、「実は、母親が具合悪くて」って言ったら、「お母さんのことか……。それやったら まぁ、すごい、良くみてあげてね」って。優しい言葉が返ってきて、私はビックリしたんですよ。
 “鬼”が、“鬼”と言われている人が、まさか、そんな優しい言葉をかけてくれるとは思わなくって、“えっ!どうしたんやろう?”と逆に思い、だけど、考えてみたら、その人は独身で、お父さんと二人暮らしという話を聞いたことがあって、「あの、お母さんは?」って言ったら、「実は、私は母親を数年前に亡くして……」って。

 その人は、仕事の職場が変わって、仕事に疲れ果てて、しかも当直明けで家に帰って、もう眠くて、眠くて、泥のように寝付いた頃、母親から「具合が悪くなって、なんかおかしいんや」って。「なんか足も立たんなった」、「トイレに行けん」って言われたんやけど、もう疲れ果てて、「そのまま、母親の様子を見ずに寝てしまった」と。
 母親の様子を見ずに寝てしまった後、ハタと気がついて、トイレに行ってみたら、母親が意識のない状態でトイレに倒れていたっていう話をしてくれたんですよ。
 「えーっ、そんなことがあったんや」と言って、「そう。だからね、いろんな悔いを残さんように、みてあげてや」って、すっごい涙をためて、すごい親身になって、話してくれたんですよね。
 初めて、この人のこういう背景を聞いたんだけども、“あっ、この人には、お母さんとのそういうことがあったから、だから、新人とかに厳しいんやな”って。自分が看護師としても、娘としても、母親を助けられなかったって、結局、最終的にはそれが原因で亡くなったらしいんですけど、その思い、後悔の思いがすごいあるんやなぁって。
 だから、今、“鬼”って言われているけど、やっぱり、それには理由があるんやなって。私もずっと“鬼”って思ってきたけど、あぁ、違うんやなって。その人と、そういうことをほんの少しでも語り合うことができて、自分の中で“あっ!いろんな人がいて、いろんなことを抱えて生きているんやなぁ”と、すごい気がつかせてもらいました。