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Vol.157
少しずつ少しずつ…
宿久弘子さん
 お金がなかったんで、ずっと働いているんですが、それをいいことに子どもたちのこと、家庭のことを全然顧みない母親でした。ですので、そういう私に育てられた娘は、私を受け入れることが、なかなか難しかったんだと思います。
 娘が低学年の頃、学校で「母の日に手紙をあげましょう」と言われたんだと思います。私にくれた手紙を今でも覚えているんですが、「ありがとう ありがとう お母さん ありがとう なんかわかんないんだけど ありがとう」と、とっても反抗的な母の日の手紙だったんです。それでも、私は気がつかなくって。

 娘が大きくなって、結婚式ですが、「私は結婚式に出ない。仕事が大切だから」と言って、その頃、在家仏教こころの会のみなさんとお話するようになっていて、まわりの人から「あなた、何を言っているの!」、「何、考えているの!」って言われて、ずっと、“仕事をしないといけない”っていう思いできたんで、“えっ、娘の結婚式の方が大事なの?”みたいな……。言われるまで気がつかないんですよね。本当に、私も“異常だったな”って、今は思います。で、こころの会で、みなさんとお話をするようになって、少しずつ、少しずつ、フツウの人間に、フツウの母親になっていったんだと思います。

 それで、今年の娘のお誕生日にメールですけれども、“お誕生日、おめでとう”って、メールを送ったんですよね。それまでは“ありがとう”みたいな言葉が返ってきていたんです。娘も結婚して、母親になったので、「母親の大変さが少しわかるよ」といった会話はできるようになってきたんですが、今年はちょっと、“お誕生日って、この世に生んでくれた親に感謝する日らしいよ”と。私に感謝しなさいという意味ではなく、“そうらしいよ”ってメールを送ったら、彼女が今、結婚して、しあわせだからだと思いますが、「私をこの世に生みだしてくれて、ありがとう」という言葉をもらったんですよね。

 それが、とっても、嬉しくって……。昔の私だったら、とてもそういう言葉はもらえなかったと思うんです。それを聞かせてもらえたのは、やっぱり、ここに来て、つどいを何度も重ねて、「えっ? それっておかしくない?」みたいな話をたくさん、たくさんいただいて、私もそれをすぐには受け入れられませんが、5、6年はかかりましたが、少しずつ、少しずつ受け入れてきて、やっぱり、娘に対する態度が少し変わってきたんだと思います。
 だから、ここでのみなさんのお話とか、つどいは、今の私の人生にとって、とっても大切なもので、みなさまにすごく感謝しています。ありがとうございます。