読む
Vol.115
シラス丼
木下せつ子さん
 今年の始め、自分のイヤな部分がたくさんみえて、“こんな私じゃイヤ。これから何年、生きられるかわかんないのに、このまま死んじゃうのはイヤだな”って、すごく思ったんです。それで、“今年はそれをなおすぞ!”と思ったんだけど……、なおらない。
 どういうことかというと、私は主婦で、家の中のことは私が仕切っているわけです。で、昼間は主人と二人なんですよね。主人もだんだん年をとってきて、動作が遅くなって、「どっか買い物に行く」って言うと、「行く」と言ってから10分ぐらいはかかるんです。それがすっごくイヤで、「行く」って言ったら、すぐ行きたいわけです。もう、その10分間、(私)「なにやってるの!?」、(主人)「今、トイレ……」、「今、コート探し……」、「いや、メガネ……」と、私はイライラしっぱなし。
 自分で“イライラする自分”をなおそうと思っているのに、なおらない自分がいて、“あー、今年も年が暮れちゃうのかなあ”と思っていたんです。

 それでね、昨日、一昨日の話で、もう暮れで忙しくて、その日の夕食は私たち夫婦と孫二人だけだったんです。で、考えたら、冷蔵庫にご飯がいっぱい有ったので、“ご飯を炊かなくていいや。それを温めればいいや”と。あと、冷蔵庫にシラスがいっぱいと、シソがあったから、“シラス丼でおしまい”と思ったんです。
 で、若い孫には“それだけじゃかわいそうだから、豚肉でもちょっと焼いてあげようかな”と思って、ご飯をチンして、ほかにちょこちょこと片付け物をしながら、主人と私の分を作ったんです。シラスをかけて、シソをかけて、ノリをかけて、ワサビって、もう、全部できあがったんです。
 そして、主人も来て、混ぜようと思ったら、混ざらないんです。なぜかというと、ご飯をチンしたものだから、固くなっちゃったんです。それを強引に、それを食べなきゃ他に作ってないんですからね。で、食べていたところに上の孫が帰ってきて、私たちのご飯は固かったから、ちょっと利口になって、ご飯に水を打って、チンをして。そうすると炊きたてのようなご飯になるんですよ。そのご飯で、孫のは作ったの。

 それで、主人のことを「ジイジ」って言うんですけど、「ジイジのご飯とオバアチャン(私)のご飯は固くて……」と言ったら、そうしたらね、孫が言うに「ジイジはよくそんな固いご飯でも、怒らないで食べるねぇ」。「どうして、そんなに怒らないの?」って。「うちのお父さんだったら怒る。そういえば、ジイジって怒ったことないねぇ」って。言われてみれば、主人は怒ったことないんですよ。うちの中で、私一人がカッカカッカしていて、主人はマイペースで、静かで。
 そしたら、主人曰くね、自分は若い時に、自分の両親、両親といっても明治生まれだから、例えば、お祖父ちゃんにそういうご飯を出したら、すっごい怒られる。だから、一つひとつに気を使って、それもフツウのことだったんですよね。だけど、そういうことで、なにかと神経を使わなきゃならなくて、うちの中がちょっと緊張っぽい。それが自分はすごくイヤだった。で、「自分は絶対、そうしないと決めた」って言うんです。

 私は初めて聞いたんですよ。“えっ、そんなことを思ってたの?”って。この自分の考えの浅さ、なんかあれば、カッカッカッカッと怒って、「違うじゃないの」、「なんでそんなに遅いの?」って。いちいち、いちいち文句をつける。それについても、主人はなんにも言わないんです。「今、トイレ、行ってた」とか、もう、フツウの顔をして言うから、「なんで、そんなフツウの顔するの?」と、余計にイライラするわけです。
 私はそうなるんだけど、主人は若い時から、もう、そういうふうにはならないと。うちの中が暗いような、冷たいような、緊張するような、雰囲気をつくるのがイヤだって。“明るく、楽しく、過ごしていきたい”と。
 ホント、気が強くて、気がつかない私で、そういう私に今年、ついこないだ、気がついて、本当に、こころに落ちたんですよ。“ずっと、うちの中をそういう空気にはさせない”っていう主人の思いに気がついて、“あぁ、私もやっと、今年の始めに少しなおそうと思ったことが、ちょっと、気がつけたかな?”と。
 それと、孫とそういう話ができて、やっぱり、孫が「どうして、ジイジは怒らないの?」っていう一言から、主人も自分のことを語ったと思うんです。そういう話を機会あるごとに、孫ともやっていきたいと思っています。どうもありがとうございました。