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父の想い、息子の願い。
牧野和敏
 僕は昔、ボランティア活動をやっていた関係で、外国人というか、日系人の家庭と25年来、ずっと付き合っているんですね。で、「コロナで3年間、全然会えなかったから、そろそろ会おうか」ということで5月に会ったんです。会ったら、その子ども、子どもと言っても今は30歳になっているんですけど、息子さんと母親はいたけど、父親はいなかったんです。
 「どうしたの?」って聞いたら、「ちょっと具合が悪くて、今日は来られませんでした」って。その次の日、息子さんが電話をかけてきて、「お父さんがお母さんを殴っちゃった」という話で、僕も「明日、行くから」と言って行ったんですよ。
 そしたら、父親がずっとしゃべってきて、4時間、話を聞いたんですが、その中身というのは「自分が結婚してから、ずーっと苦労をしてきた」と。要するに「奥さんの実家からほとんど、応援してもらえなかった」、「奥さんの実家の人につらく当たられた」と、ずーっと繰り返し、繰り返し、話されていたわけです。それで「じゃあ、また来月に会おうね」ということにしたんです。

 ところが1ヶ月後、「会おう」となった時に「ダメだ」っていう話になって、息子さんから連絡がきて、父親が「とにかく、今は人と話したくない」と。そしたら、今度は、つい最近、「とにかく、会いたい」と連絡がきたんです。
 で、行った時には、父親は家族の近くにいちゃいけないという話になっていて、父親だけ別の所を借りて、住まざるを得ないという話し合い、“裁定”になったらしいんですよね。それで、父親は「自分は一人じゃ住めない」、「そっち移るのはヤダ」とか、ずーっと言っていて、また4時間ぐらい話を聞いたんです。
 僕はとにかく、父親に「お前とは友だちだから、新しい所に行ったらまた会いに行くから」と言って、その後、父親からメールがきても解決がつかない。“良い解決方法がないか?”という話をした時にメールが来て、何通もきた中に一つだけ、“あ、これだ!”と思えるものがありました。「牧野さんから息子に、オレを、“父親”を嫌いかどうか聞いてくれ」という内容でした。
 それで息子さんに電話して、「お父さんがこういうふうに言っているけど、お父さんが嫌いか?」って聞いたら、「いや、嫌いじゃない」って。「でも、家族の言うことをもっと聞いてほしい」と言ったんですね。
 それをその通り、僕は父親に伝えたわけです。父親に「息子さんは『お父さんを嫌いじゃない』って。『でも、家族の話も聞いてほしい』って言っているよ」と言ったら、父親も「分かった」って。「じゃ、オレはこれから息子の言うことをちゃんと聞く」って。

 彼の息子さんは日本ですごく勉強をして、一流の大学、大学院に行って、一流企業で研究職をしていて、父親にとって、とにかく自慢の息子なんです。でも、一方で父親はいろいろと愚痴を言って、「オレだって、もとの国でも、日本に来てからも、ずーっと頑張ってきたんだ」と繰り返し言っていて、やっぱり、“自分の存在を認めてほしい”という気持ちがあったんだと思うんですね。
 後日、息子さんからメールがきて、「お父さんから電話があって、『お前の言うこともちゃんと聞く』って」と。それで「嫌がっていた、他の所で一人っきりで住むことも、とにかくやって、“新しい自分になっていく”」と言ったそうです。
 僕は亡くなった久保克児副会長の本の中に、要するに「子どもが宝であれば、その親である父親も宝なんです」って。そういうようなことを書かれているところがあったんですね。
 だから、“あなたにとって、自慢の息子であれば、あなたも頑張ったけれども、あなたの奥さんも頑張ったんだ”と。で、“父親のあなたと母親の奥さんがいて、息子さんが今、生きて、頑張っている”ということをちょっとでも、意識してもらえるような話ができたらいいなと、次に会えるのを楽しみにしているところです。
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