私はご利益信仰で入っていましてね、霊友会の時に。それで、私は子どもが居ないもので、本当に、主人の親、義毋からは、40歳までは“子ども責め”でした。農家ですので、手伝いに行くわけですね。それでもう行く度に、もう着いた瞬間から、「子どもはできたね!」から始まるんです。毎回。子どもができないっていうことが、もう、あの、本当に“なにがなんでも解決しなければいけない”っていうような、その中で入会したんですけれども……。
最初は主人と2人で、まず、“この教えって、どんな教え?”ってところから始まったので、9日と18日につどいをやっていましたので、そこに通いまして、“この教えを気づく”っていうところから入りました。
でも、子どもは授かりませんでしたけど、義母が死ぬ間際に言ったのは、「信子さん。あんたの看病が一番、嬉しかった」、そして、「あんたたち夫婦が一番、優しい」って言って、「自分のベットの下に自分の鞄がある」と。「その中に財布がある、その財布を自分の息子(私の主人)に渡してくれ」って、義母が言ったんです。8,000円しか入ってなかったんですけどね(笑)。
まぁ、それでも、義母の想いだろうと思って、それはお義母さんの言葉っていうことで、今も使わずにそのまま、置いとりますけれども……。でも、そこまで義母が言ってくれたところに、やっぱり、自己鍛錬っていうか、修行っていうか……。“振り返る”っていうことがあったと思います。
どんなことが起きても、きょうだい間であろうが、友人関係であろうが、どういうことがあっても“振り返る”ことができたことが、私にとっては“受け止めていく力になったなぁ”と。
最初の頃は理不尽なことを言われると、“なに、この人!”みたいな感じでおりましたけど、今、本当に“振り返る”っていうこころがすべて淘汰するっていうか、気づけなくても振り返る、“なんでだろう?”と思えるこころ、“自分のどこだったんだろうか?”とか思えるこころ、そこが私は今、在家仏教こころの会をやっていて……、あのう……。
今日は土曜日ですから、今週の月曜日あたりですかねぇ、主人が横に来ましてね、「長生きしてね」って言ったんですよ。今までそんな、「長生きしてね」なんて、喧喧諤諤が相当、ありましたからね。“考えて、構えて、言った言葉でもないなぁ”っていうような感じなんです。
そういう言葉が主人からでたのも、やっぱり、“振り返ろう、気づこう”と思うこころが伝わっていくんじゃないかなぁって、思っているんです。
私はずーっと、“子どもができない”、“責められる”、ずーっと言われ続けましたので、その中で、それがあったからこそ、私は“つづけることができたんだろうな”って思うし、今、「在家仏教こころの会」になって思えることは、やっぱり、“振り返る”っていうこころを、自分は身につけようとしているんだなっていうところが、今、自分は“よかったなぁ”っていうか、感謝。まわりに感謝。
主人に感謝っていうところに、そこに、少ーしずつですけれども、移行している中で、主人が「長生きしてね」って言葉がでたことが、なんか、嬉しいというよりも、うん、「本当に長生きしようね、お父さん」みたいな感じです。