法華経はなにを説くのか

「在家仏教こころの会」

会長 久保継成

 
  私たち「在家仏教こころの会」は、自分のそれぞれの日常生活の中で、仏教によって自分と自分の一生を確かなものにする運動をしています。
“在家仏教” とは出家しない、つまり在俗で生活する者の仏教ということです。この在家の仏教のあり方は、『法華経』というお経に説かれています。
  社会のあり方が人間の現実を左右することの多い二十一世紀の今日でも、お互いのそれぞれの生活の場はさまざまな人間性の発露の渦の中にあり、そこでの人間のあり方が社会の実情をつくっていることに変わりはありません。
  個人の “しあわせ” は一人ひとりがどう生きるかにかかっていることも事実です。
  個人の日常に焦点をあてれば、お互いの生きる場はまず家庭です。ところで、家庭で親が子に言う言葉は、それだけでは限界があります。子供たち自身の意思と行動でつくり上げられるもの、きょうだいの仲、友人との関わり、仕事の場での人間関係の構築、子の成長に応じてそれらを育み支援する子供の精神的基盤としての親の思いと関わり方、これらすべてが連動することで、個人の日々のしあわせが保持されます。
  職場、地域と目を転じても、個人のしあわせは人間関係の構築とその広がりによってこそ、保たれていくことに違いありません。
  私たちの現実は一日一日変化しています。その中で、私たちがなにを思い、なにをしていくかが、私たち自身の “しあわせ” を保つ原動力です。
  現実のあり方が整っていく状態は、お経の中で「荘厳」と表現されています。そして、「荘厳」は菩薩の行いによって人びとがつくり出すものだと説かれています。
  では、菩薩の行いとはなにを言うのか? これは次回から述べたいと思っています。

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