【しあわせになる本の紹介】 No.19

やさしい長男の“いじめ”に愕然、母は奮起。 実は、自分の生き方が問われていた。

福島県東白川郡 金沢幸子(45歳)

夫に従って生きてきた

 嫁ぎ先は農家で、夫は会社勤めしながら、休日や農繁期に農業を手伝うという生活を送っています。とにかく親思いで几帳面でよく働く人。そんな夫との間に、3人の子供(長女、長男、次男)に恵まれました。
できた夫なんですが、頑固で亭主関白という一面もあります(笑)。夫は同居している母にはとてもやさしくて絶対服従ですが、これが私や子供たちになると態度が一変して、厳しい夫、厳しい父親に変わるんです。言いたいことを自由に言えるという環境ではなく、結婚してからずっと姑に気を遣い、夫の顔色をうかがい、私たち家族はみんな、夫に従って生きてきました。
夫はスポーツが好きで、学生時代はバスケットボールの選手だったそうです。バスケットボールが好きで好きで、もうバスケットボールの鬼なんです(笑)。「身体も丈夫になるし、精神的にも強くなる。これほどいいスポーツはない」というのが夫の持論。地域の小学校の中に高学年を対象としたミニバスケのクラブがあって、夫は3人の子供たちがそれぞれ小学4年生になったら、ミニバスケをやらせると決めていました。
最初、やりたくないと言っていた長女は、叱られるから仕方なくやっていたんですが、選手に選ばれて試合に出るようになると、だんだんバスケットボールが面白くなったようです。もともと活発な子ですし、夫の自慢の娘でした。3番目の次男は、物心つく前からバスケットボールを与えて遊ばせ、試合があるたびに見に連れて行きましたから、「僕も早くミニバスケをやりたい」と言うくらいでした。

強く逞しく育ってほしい

 問題は長男でした。幼稚園の頃から太り出して、小学4年生の頃には明らかにスポーツ向きの体型ではありませんでした。バスケットボールは全力で走り回る激しいスポーツです。「大丈夫かな」と少し気になりましたが、男の子だから強く逞しく育てたいという夫の気持ちもわかりますし、長男は長女と違って「やりたくない」とは言いませんでした。
長男はおとなしくて、自分の思っていることをはっきり言えない性格です。長女や次男は要領がよくて、夫の一方的な命令を上手にかわせるんですが(笑)、長男はそれができなくて、何でも素直に「ハイ」って聞いてしまうような子。だけど、本当に心根のやさしい子です。
小さい頃から、夫に叱られないように立ち振る舞って、私をかばってくれました。私の帰りが遅くなると米を研いでおいてくれたり、洗濯物を取り込んでくれるのは長男。家の仕事の手伝いをしてくれるのも長男でした。
ミニバスケも自分なりに一生懸命にやろうと思ったはずです。でも、みんなと一緒に走ると遅いし、動作も鈍いんです。練習中、監督から「早く走れ!」とゲキが飛ぶんですが、そのたびに「僕、一生懸命に走っているんだよ」と落ち込むのでした。
そうこうしているうちに、「のろま」だの「アイツがいなかったら、もっと練習がはかどるのに」だの、長男は仲間からいろいろ言われるようになったようです。でも、私は何も知りませんでした。それを知ったのは、試合の応援に行った時です。長男は選手ではありませんでしたが、私は試合には欠かさず応援に行っていたんです。そこに応援に来ていた親たちが、長男の噂話をしているのを耳にしました。
“こういう中で息子は精いっぱいやってるんだなあ。選手になれなくても、頑張り通すことで精神的に強くなるし、身体も丈夫になる。息子にとってはいいこと”
噂話を聞いても、私はそういう楽観的な目で長男を見ていました。

クラブ活動が重荷になっていた

 夫は「小学生になったらミニバスケ」、「中学生になったらバスケットボール部」と決め、他のことは絶対に認めませんでした。
長男は中学になったらバスケットボール以外のクラブ活動をしたかったらしいんですが、どうしても父親には本心が言えないんですね。
バスケに限らず、いろんなことがそうです。父と子の、普通の会話ができないんです。
夫婦関係も同じでした。私も「お父さんがダメって言うから」と長男に言い聞かせ、バスケットボール部に入部するよう勧めました。
小学校のミニバスケのメンバーがそのまま中学校のバスケットボール部に移っていますから、友達との力関係は変わりません。陰口や嫌がらせがだんだんエスカレートして、そのうちいじめに発展していきました。それでも1年生の時は担任の先生がよい人で、よく長男に声をかけてくれたそうです。それでなんとか続けていたんですが、2年生になって様子が変わってきました。
新しい担任の先生が理解がないというか合わないというか、要は長男は担任の先生に嫌われていたんです。何人かで廊下でふざけていると、他の生徒には口で注意するんですが、長男だけには棒で叩いたり拳骨で殴ったりと、明らかに接し方が違ったそうです。長男も担任の先生が大嫌いでした。クラブ活動では仲間からいじめにあい、クラスでは担任の先生と合わない。だんだん我慢がしきれなくなったんだと思います。

「私が息子を守る」

ある時、長男が私の実家に遊びに行くと自転車で出かけて行きました。ところが夜7時になっても、八時を過ぎても帰って来ない。実家に電話をしてみると、「来ていない」というので心配になって、方々さがしました。
9時近くになって、外で酔っぱらいが鼻歌を歌っているような声がしたんですね。何だろうと思って外に出てみると、それが長男でした。「どこに行っていたの。みんなで心配していたんだよ」と言うと、「別に。僕のことは構わないで」と白けた返事。「あれ!?」って思いました。
心当たりがあるのはクラブ活動のことです。以前、仲間からパシリ(使いっぱしり)にされているという話を聞いたことがあって、でも「ムカツクけど、気にしないんだ」なんてケロッとしてたんですね。その話を思い出して、クラブの仲間にいじめられているんだと直感しました。
「バスケの友達にいじめられているの?」と聞くと、長男は下を向いて何も言いません。図星だと思いました。
「クラブなんて何だっていいんだよ。バスケが嫌なら転部できるんだから」
すると、長男が力なく言いました。
「お母さんに言っても仕方ないよ。お父さんは聞いてくれないだろうし、お母さんだってお父さんには言えないでしょ。お母さんはお父さんの言いなりだもの……」
痛いところをつかれました。でも、本当のことです。その時、思いました。こんなにも長男は親を信頼していないんだ。ここで母親の私がなんとかしないと長男はダメになる。私、長男に言いました。
「何言ってんの。お前が違うクラブに入れるように、お母さんがお父さんに話するから。お母さん、お前のこと守るからね」
ずっと我慢していたんでしょうね。それまで気丈夫だった長男が、ワアーッと声をあげて子供みたいに泣き始めたんです。初めて見る我が子の姿でした。息子がこんなに苦しんでいたのに察知できなかった私でした。本当に情けない母親でした。

母の一念

 どうやって夫に話を切り出そうかと考えあぐねていると、担任の先生から「授業中、ムダ話が多くて困ります。これから家庭訪問します」と連絡があったんです。これは絶好の機会だと思い、「夫がいる時に来てください」とお願いしました。夫なら先生と対等に話し合ってくれるだろうし、その時、クラブ活動の話をしてみよう、先生がいる時なら夫も聞いてくれるだろうと思いました。
夜、担任の先生が来ました。案の定、授業中にムダ話をして周囲に迷惑ですと、一方的にガンガン言われました。家ではどんな様子か、最近、何か気になることはないか、そんなことを尋ねる先生ではありませんでした。夫はというと、借りてきた猫のようにおとなしく、ハイハイとうなだれているだけ。普段の夫とはまったく別人でした。私は勇気をふりしぼって先生に言いました。
「クラブでいじめにあって、我慢して我慢してギリギリの状態でやっています。きっとストレスがたまっていると思うんです。クラブを変えさせてください」。すると先生は「できません」ときっぱり言われました。長女からクラブを変えることはできると聞いていたので、その話をしても、先生はダメの一点張り。
「それなら、もう結構です。明日、校長先生のところに行って、事情を話してクラブを変えてもらいます」
長男のことを考えると、一歩もあとには引けない気持ちでした。すると、先生は急に慌てて「私がなんとかやってみましょう」と言うではありませんか。すかさず夫にも同意を求めました。夫は渋々という感じで承諾してくれました。
先生が帰ったあと、しばらく体が固まって動けませんでした。夫は「お前、先生に向かってよくあんなことが言えるなあ」と驚いていました。自分でもなんで言えたのかわかりません。強く言える性格ではないのに、その時はすんなりと口に出てきて、自分ではないみたいでした。無我夢中でした。これが母の一念なんでしょうか(笑)。

“自分らしさ” を見つける

 子供は親が守ってやらなければ、誰を頼りにすればいいのでしょうか。親が自分を信頼してくれて、自分のことを見ていてくれる、それだけで子供は元気になります。それが親の務めだと思います。
私は今までどう生きてきたかを改めて考えました。私も長男と同じで反発できないんです。小さい頃から人前で話ができなくて、自分が言いたいことを相手にどう伝えていいのかわからないことが多かったんです。苦しいことがあると、自分の力で乗り越えようとせずに、姉に頼ってしまう私でした。そのまま大人になり、結婚し、気がついたら母親になっていました。
ケンカになってもいいから自分でぶつかって、結果を出さないと何も変わらない。今回のことがよいきっかけになって、そこに気づくことができました。私だってやればできるんだと自信を持ちました。
長男も今では高校生。何でも私に話をしてくれるようになり、「学校楽しいよ。クラブ活動も楽しい」と言っています。
夫のワンマンぶりは相変わらずですが(笑)、それでも少しずつ冗談が言えるようになったし、私の意見に耳を傾けてくれるようになりました。
今年、仕事の関係で夫が初めて単身赴任したんです。帰省するたび、車で送り迎えをする私に、電話で「ありがとな」なんて言ってくれたんです。こんなことは結婚して初めてで、もうびっくりでした。
新しい自分を見つけて、すごく生きやすくなりました。家族みんなが少しずつ、よい方向に変わりつつあるのを実感しています。

(大きな乗りもの 2004年11月号)

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