【しあわせになる本の紹介】 No.12

うつ病と共に生きる。
胸にしまい込んでいた本当の気持ちを表に出せた!

茨城県下館市 須藤敬治(50歳)

19歳で発症

 私は市役所に勤務しています。すでに31年が経ちました。しかし、その間、ずっとうつ病に苦しめられてきました。
高校生の時にすでにその兆候が出てきました。理由はよくわかりませんが、ノイローゼになって医者に通い始めたのです。中学時代はマラソンをやっており、2年間、1年365日、毎日走っていました。そのマラソンをピタッとやめ、家の中で時間をもてあますようになったことが原因かもしれません。
そして高校を卒業した19歳の時、うつ病を発症してしまったのでした。妄想を抱くようになり、食欲もなく、便秘をするなど、様々な症状が身体的にも現れてきました。市役所に勤務し始めてからも、いくら薬を飲んでも症状は一向によくなりませんでした。当然、成人式にも出られませんでした。

遊びと無縁の生活

 とにかく、仕事に行くのが辛くて仕方がありませんでした。身体がだるくて、階段を上がるのも辛いんです。自分ではどうしようもなくなり、昼休みにはよく近くの川に行ってボーッとしていたり、寝転がっていたりもしました。人間って不思議ですね、辛くなると無意識のうちに足が川のほうに向くんです。
もちろん、酒やタバコをはじめ、あらゆる遊びができませんでした。まるでその気にならないんです。だから、夜は9時にはもう寝ていました。なにせ十分な睡眠をとらないとダメなんですから。
そんな私の苦しみとは裏腹に、まじめな規則正しい生活からか、市役所の鏡とまで言われたほどでした。
音楽はよく聴きました。またマラソンも1キロほど走る毎日。音楽もマラソンも、うつには効果があるんですね。その時はイヤなことをすべて忘れることができました。そんな生活の繰り返しが10年ほど続きました。

彼女との別れ

 薬は切らすことができませんでした。飲まないとダメなんです。薬を飲みながら仕事を続けました。職場が建築課だったもので、上司に勧められて、独学で2級建築士の資格も取得しました。夜勉強をするのですが、うつになると、とても勉強をするどころではありません。うつになってはやめ、うつが晴れるとまた勉強する。その繰り返しで3年かかりました。
27歳のその頃、妹の紹介で彼女もできました。2年ほどつきあったんですが、彼女に病気のことを打ち明けるべきかどうか、ずいぶん迷い悩みました。そして、正直に言ったほうがいいんじゃないかと思った私は、思い切って打ち明けました。
「オレ、病気してんだけど、結婚してくれるかな」と。
しかし、彼女の親に反対されました。「どうしても結婚するなら、二度とうちの敷居をまたがせない」とまで言われたそうです。うつ病に対しての一般的な偏見を思い知らされたものです。
でも、あきらめがつきませんでした。彼女も同じ気持ちでした。2人で泣きに泣きました。でも、喫茶店で待ち合わせていたある日、彼女は「もう家には帰らない」と言ってくれたんですが、私は自分でもなぜかわからないうちに帰ってしまったんです。彼女を喫茶店においたまま。
それが今でも不思議です。自分の意思とはまるで関係なく行動してしまったんです。その時、ちょうどうつの状態だったからかもしれません。あとで後悔したものです。

9カ月の入院

 相変わらず薬を飲みながら仕事をする毎日。40歳で教育委員会の営繕係長になりました。しかし、なれない仕事が夜遅くまで続き、ついに9カ月の入院生活を余儀なくされてしまったのです。
鉄格子のある保護室に1週間入れられるなど、世間の生活とは切り離された、まるで別世界の辛い入院生活でした。
その時は3カ月ほどで退院したのですが、結局はまた再入院となり、その後も入退院の繰り返しでした。
そんな中、弟が支えであり、とても大きな存在でした。入院している時は、週に1回は必ず見舞いに来てくれました。また、ミカン狩りに連れて行ってくれたり、散歩に連れて行ってくれたり。弟とはいえ、本当に世話になりました。

ガンバレナイ

 自殺未遂も起こしました。生きるのが辛くて、通勤の途中で、橋の下に隠していた農薬を見ているうちに、つい飲んでしまったのです。それも自分の意思に反して、飲む気ではないのにスーッと飲んでしまったんです。
あわてて近くの実家に行き、はき出しました。救急車に乗せられた時点では、もう意識がありませんでした。あとで医者から聞いたところでは、あと2~3分遅かったら死んでいただろうということでした。
毎日まじめに頑張っていればきっといいことがある――。そう自分自身に言い聞かせるんですが、その「ガンバル」ことができないんです。「ガンバレナイ」んです。自分で気を張ると、よけい重荷になって症状が悪くなるんです。そんな病気なんです。何度、仕事を辞めようと思ったかしれません。
職場では、仕事で行き詰まって同僚に助けられたこともしばしばです。でも、当然うつ病のことは誰にも言えず、誰にも聞いてもらうことはできませんでした。
自分の胸の奥底にしまい込んで、ただ辛くさびしい毎日を耐えるだけでした。病気との闘いの毎日でした。

つどいで初めて…

 そんな3年前の5月、知り合いから勧められて在家仏教こころの会に入会しました。はじめはためらいもありましたが、いろいろ話を聞いているうちに、素直な気持ちで入会することができました。
初めてこころの会の集まりであるつどいに参加した時は、やはりあまり話をすることができませんでした。
タバコばかり吸っていて……。タバコは入院している時におぼえたのです。変なものですね。普通なら身体に悪いととめられるのに、精神的に落ち着いていいからと、病院が出してくれたのです。
うつ病は、気持ちが微妙に動きます。普通なら何でもないちょっとしたことでどうしようもないぐらい落ち込むんです。この心の動きが激しいんです。だから、辛くなるとタバコを吸ってしまう。タバコでごまかすわけです。
つどいでは、みんなが自由に何でも話していました。もちろん、話したくない人は話さなくてもいいんです。そんな気軽な、自由な雰囲気に、私も少しずつ話をしてみたくなりました。
そして、思い切って自分のことを話したんです。自分の病気のことを。みんな、真剣に聞いてくれました。誰も変な顔はしませんでした。

思いをはき出せたうれしさ!

 ここでは何をしゃべってもいいんだ!
何でも話せるんだ!
苦しいこと、悲しいこと、うれしいこと、悩み、どんなことでも……!
オレだってしゃべっていいんだ!
病気のことを話してもいいんだ!
聞いてもらえるんだ!

 今まで、うつ病のことは自分の胸だけにしまい込んでいました。どこにも誰にも出せませんでした。職場をはじめ他の場所では、笑われたり、変な顔をされたり、敬遠されたり……。
それが、つどいの場では出せたんです。こんなところは初めてでした。心が軽くなりました。初めてうつ病のことを話した時の、胸の中の奥底にしまい込んでいた本当の気持ちを表に出せた時の、あのうれしさは言葉では言い表せません。本当にうれしかったんです。
ここでなら、本当の自分を取り戻せるような気がしました。

自然体で

 現在、まだうつ病が完全に治ったわけではありません。相変わらず辛い日々です。きちんと意識できるから、かえって今のほうが苦しいと思ったりもします。薬も飲み、夜は10時には寝る生活です。ついつい先のことを考え過ぎて、辛くなることもあります。
以前、医者には、「この病気は集団で治さなくちゃ治らない。人とつきあいながら治していかなくちゃ」と言われたことがあります。「自然体で生きなさい」と。1人でいるとどんどん悪くなっていくんです。
だから、お経をあげておなかの底から声を出し、人と話して声を出して治していく。お経をあげると気が晴れます。つどいで話していると気分がよくなります。これはうつ病にとってはとてもいいことなんですね。

一日一日、一歩ずつ

 今、毎月のつどいがとても楽しみです。最高です。ほとんど毎回参加しています。みんなで話していると、心が落ち着き、和みます。話せる、聞いてもらえる、これがどんなにうれしいことか。うつ病という病気である自分だからこそ、それが心底実感できます。
よくここまで生きてこられたなあと、自分でも思います。友人の中には、病気が治っているのに親族の同意がないために何10年も退院できないという人もいます。精神衛生法の問題もあります。まさにうつ病に対する差別、偏見だと思えてなりません。
私はつどいで自分を取り戻せたと思っています。こんな話もできるようになりました。
先日、私と同じ悩みを抱えている人にこころの会の話をしました。その友人にも、つどいに参加する中で、1日も早く希望を持った生活を送れるように応援していきたいと思っています。
今の私の希望は、仕事を定年まで無事に勤め上げること。でも、10年ほど前からの不眠症がひどく、もう限界にきているような気もするのですが……。そして、私の病気が原因で実家に帰って10数年になる妻に、1日でも早く私のもとに帰ってもらえること。この2つです。
本当の自分とは何か。これからも自分を見つめ、少しでも人生が充実してよくなるように、あまり考えすぎないで、一日一日、一歩ずつ確実に生きていきたいと思っています。

(大きな乗りもの 2003年8月号)

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