【しあわせになる本の紹介】 No.02

辛い思いは、その人も。
13年間の憎しみの心から解放されて、今。

埼玉県春日部市 野口美奈子(32歳)

突然の悲報

 昭和63年10月、姉が突然に亡くなりました。職場のメンバー4人で登山に行き、帰らぬ人となってしまったのです。
楽しいハイキングのはずが、道に迷い、しかも雪が降り始めたことから、疲れたあげくの遭難でした。途中、メンバーの一人が動けなくなったそうで、やむなく二手に分かれて通ってきた小屋をめざしましたが、生還できたのは姉の同僚、たった一人でした。
救助の人が、まだ取り残されている人がいることを知ったのは、数時間後だったそうです。それから救助活動が始まりましたが、残念ながら、姉と他二人は帰らぬ人となりました。
突然に降ってわいた不幸。姉を亡くした悔しさ。私は、ただ一人助かった彼を憎まずにはいられませんでした。
その時から、私たちの人生が変わってしまったのです。

どうしても許せなかった

 学校を卒業した私は、姉と同じ職場に就職しました。
姉が亡くなってから、助かった彼は、時々お線香をあげに来てくれていました。しかし、私は、来たら来たで、たった一人だけ助かったことが許せない。来なければ来ないで、一人だけ安穏と生活しているようで悔しい。たぶん、私の両親も同じ思いだったと思います。
けれど、こんな思いを抱きながら暮らしているのも辛いものです。その辛さから逃れようと、私は、「助かった人はいなかった」と思うようにして、彼の存在を否定して生きていくことにしました。これが、自分も相手も傷つけない一番よい方法だと思ったからです。
そうした状況で、何年もの月日が流れていきました。

パニックの自分

 去年の5月のことです。実は、その彼と出張先で共に仕事をする時がきました。同じ会社に勤めているんですから、当然のことと言えば当然のことでした。
挨拶もできず、顔もまともに見られなかった私。パニックを起こしている自分がいました。どうしたらいいんだろう……。
とても辛い思いをした、イヤな一日が過ぎていきました。
そんな時、私は在家仏教こころの会の仲間で開いているつどいに参加しました。以前、友人に勧められて、断り切れずに入会していたのです。姉を亡くしていることもあって、お経を読むことだけは抵抗がありませんでした。

笑って挨拶!?

 つどいでは、みんなが、それぞれ自由に話し合います。うれしかったこと、悩んでいること、頭にきたこと、日頃思っていること、何でもありです。お互いに、思っていることを素直に言い合える場です。
それで、私も今の思いを話してみようという気持ちになったのです。
みんなは親身になって私の話を聞いてくれました。そして、
「どうしたらいいかは、考えれば自分で自然とわかってくるよ。今度彼に会った時は、ニッコリ笑って、挨拶だけでもしてごらん。相手もきっと救われると思うよ」
そういうアドバイスが返ってきたのです。
“エーッ、笑って挨拶!? タイヘンだ。できないよ、そんなこと……”
私は、心の中でそう思いました。でも、一方で、それが正しいやり方なら、そうすることでモヤモヤしたこの思いがスッキリするなら、やってみようか、とも思いました。
この先、私はどうしたらいいのか、彼のことをどう考えればいいのか、自分で自分の心がわからず、本当に困っていたからです。

二人で初めての会話

 8月のお盆になり、私は家で数時間、一人で留守番をする時間がありました。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴ったので、何気なくドアを開けると、そこに彼が立っていました。
突然のことで何の心構えもなく、「アッ!」と驚いた私ですが、その時、思い出しました。そうだ、ニッコリ笑って挨拶をするんだと。
「こんにちは」
私は、笑って挨拶をすることができました。すると、彼はホッとしたような、泣きそうな顔になりました。
そして、事故から初めて、二人で話をすることになりました。

重く、大事な20分

「意気地がなくて、会社を辞めるわけにもいかず……」
彼からの意外な言葉。
彼は何も考えていない、感じていない、そう決めつけていた私でした。でも、彼は、私たちがどういう思いでいるかを知っていたんだ……。とても恥ずかしい思いがしました。
彼は彼で、ずっと辛い思いをしてきたんだ。そのことを知りました。そのことにやっと気づくことができました。
同時に、私が無視をしてきたことで、その私の行いが彼を傷つけてきたこともあるのだろうと思いました。
帰り際、彼は玄関の床に膝をつき、頭を下げて挨拶をして帰っていきました。私も迷わず、彼と同じようにして、「また来てください」と、そう言うことができました。
重い20分でした。そして、大事な大事な20分でした。

大きな荷物が下ろせた気分

 今後、彼とどのような話ができるかは、正直わかりません。でも、背中から大きな荷物が下ろせたような、今までの13年間とは違うトビラが開けたような、そんな感じがしました。
13年という長い月日が経っていたのと、仲間のみんなに後押ししてもらった私の勇気と、そして、彼の今でも変わらぬ同僚を思い続けるやさしい気持ちのおかげで――。
問題から逃げていたのでは何も解決しない。憎悪の心からは何も生まれてこない。
心穏やかに、誰も憎まず、恨まず、素直な気持ちで過ごす生活は、なんて気持ちがいいんだろう! 今、そう実感しています。
これからは、あたたかな気持ちを大切にして生きていけたらと思っています。
アメリカをはじめ、数々のテロ事件でたくさんの人が亡くなりました。私は、今のような気持ちになれるまでに13年かかりました。
憎むべき相手の存在する事件では、なかなか難しいこととは思いますが、残された家族、友人たちが、一日も早く憎悪の心から解放されることを念じています。

(大きな乗りもの 2002年6月号)

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