【しあわせになる本の紹介】 No.28
私のエゴと優しさで、家族をダメにしてきた。今、一歩前へ!千葉県千葉市 大塚廣明(67歳) |
長男との16年間のすれ違いを抱え、次男の借金の返済を繰り返すうちに、本当に子供のためなのだろうか? 私の優しさとは? 親の役目とは? 自分への問いかけで見えてきた自分のこころ。家族の再生は始まったばかり。その一歩に、家族へ「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える自分になる!
すべては、まだ途中の話
私の家族は、家内と嫁いだ長女、独り暮らしをする長男、一緒に生活する次男の5人家族です。我が家には、何年も引きずっている家族の問題がいくつかあります。
そんな状況に家内は、「良くなっていないのに、話してなんになるの?」と言いますが、今、感じている私の気持ちを聞いてください。現実を受け入れ、ここから家族の再生をめざしていきます。
16年間の冷戦
長男との冷戦が始まったことに、今まで「自分が悪い」とは思えなかったんですが、そうなったのにもちゃんとワケがあり、今それが見えてきました。
その日、長男と家内がケンカをしたそうです。長男はたまたま彼女を連れて来ていて、些細なことで始まった親子ゲンカに長男は暴力を振るい、家内は車で出かけようとする長男に「事故でも起こせ」と吐いたらしいです。いつもはそこで終わる親子ゲンカですが、長男は彼女の前で暴言を吐かれ、腹の虫が治まりませんでした。
私が帰宅し、家内から事の成り行きを聞き、長男に問いただすと、開口一番に「俺も悪いと思っている。でも、アイツ(家内)にも悪いところがある。俺も謝るから、アイツにも謝らせてくれ!」と。その時、長男に「わかった」と言ったのですが、家内の怒りも治まらず、「親がなんで子供に謝るんだ! 冗談じゃない!」とガンとして考えを譲りませんでした。
翌日、「オヤジに托したのに、何もしてくれなかった」。それが悔しかったのでしょう。私と口をきかなくなりました。その後、長男は自分で部屋を借り、夜も遅い時間を見計って、手紙や荷物を取りに帰って来る生活が16年間続いています。
私の生きてきた証
私は20から自衛隊に勤務し、平成13年に61歳で定年退職しました。自衛隊を選んだのは自分の意思ではなく、ギャンブル好きなオヤジのおかげで貧しかった家計を少しでも助けるために、どこでもいいから働こうと思ったからです。
人生に大きな波風が立たなかったのも、国家公務員という環境に身を置けたからだと感謝しています。でも、私が本当に求めていたものは、退職金と、その後の年金です。退職金を受け取った時、これが私の仕事をやってきた証だと。
しかし、退職金を待っていたかのように、次男の借金が発覚しました。その時にお金がなければどうすることもできなかったと思いますが、退職金をもらった直後でお金は手元にありました。それで、私の退職金を使って、次男の借金を返済しました。
借金の恐怖
私のオヤジは大がつくほどのギャンブル好きです。そんな家庭で育った私は、借金の怖さも身をもって知っています。
周りの友人からは「親が後始末をしたらダメだよ」と散々言われ、私も本人が苦労してでも返さないと癖になるとも思いましたが、私自身が早く借金を返済したかったんです。
それは、借金の利息が雪だるま式に膨れあがり、放っておくと本人だけじゃなく、家庭がおかしくなってしまうという恐怖感があったからです。
2年後。
また借金が発覚し、「何に使ったんだ」と聞くと、オヤジと同じギャンブルでした。私もギャンブルをやったことがあります。でも、楽しいより先に “オヤジみたいになったらどうしよう” と不安で怖く、続けられませんでした。
しかし、次男は「ギャンブルだけが生き甲斐だ!」と言い、自分の給料を一週間で使い切ってしまう。お金がなくなると借り、それも2、3日で使い果たし、また借りる……。
2回目の借金も、私の退職金から返済しました。
その2年後に3回目の借金が発覚。2年ペースで200万近くの借金をつくり、3回繰り返した時には “ギャンブル依存症” という言葉も知り、友人からは「病気だよ」と言われ、「心を鬼にして、本人に返済をさせないと繰り返すよ」と。それでも、3回目も私の退職金を使って返済し、そして「もう一銭もないから、今度、借金しても何もしてやれない」と次男を突き放しました。
こころの葛藤
その後、1年も経たないうちに新たな借金がわかりました。たまたま次男の部屋の掃除に入った時、借用書が数枚あったんです。日付を見ると最近のもので、借り入れ金額は30万、20万と書いてあり、掃除に入るたびにその枚数は増えていく。
見て見ぬフリを続け、「家族に迷惑をかけるなら、家を出て自分の力で生活しろ!」と強く言いながらも、こころの中では “早く止めなくては……。ここでケリがつけば、まだ金額は少ない” という思いと、 “自分でやめなければダメだ” という思いで揺れながら、ひたすら沈黙を通し、グッと我慢しました。
でも、次男は車で長距離を走る仕事をしていて、もし運転中に借金のことで頭がいっぱいになって、事故を起こしては……と不安な毎日。次男が事故死でもしたら、 “あの時の借金で” と私自身が後悔するのも恐れていました。
現実を受け入れる中で
迷いが消えたのは、『しあわせになる』の本を読んでからです。今の現実を受け入れ、何も変わっていなくても、自分の生き方、違う見方を見いだして、生きるしあわせを感じている人の話でした。
「息子がいなければ」というのではなく、次男がギャンブルに依存する原因を、何年かかるかわからないけど一緒に探していこう。そう決意した時、家内が「私たちがいなくなってからも、この子は生きていけるの?」って。私は “うちのバカ息子” とは言っていましたが、そこまでは考えていませんでした。
子供たちは、私より長く生きて欲しいし、生きるでしょう。その人生はどうなるんだろう? と考えた時、問題は借金じゃないって。次男の将来のために、一緒にどん底から這い上がろうとこころを決めました。
その数日後、次男が家内に「金を貸して欲しい」と言い、家内が「お父さんに相談して」と伝えると、「オヤジには言えない」と。「なんで?」と聞くと「『面倒を見ない』と言われているし、『俺も子供じゃない』と言ったから……」って。根気勝負で次男が我を張っていたら、借金はもっともっと膨らんでいたかもしれません。
親と子が向き合う時
4回目の借金で、初めて家内と次男と3人で話し合いをしました。「いくらあるんだ」と聞くと「200万の借金で利息が……」と。サラリーマン金融では元金に返済されるのは数千円、あとは利息を払い続けていくだけです。私も覚悟して、「借金を返済するのは、今からでも遅くはない。自分の将来を考えて、ちゃんと生きてほしい」と言った時、次男は「自分の不甲斐なさが情けない」と初めて涙を流しました。
サラ金は、借りる時は腰も低く丁寧らしいけど、返金に行くと態度が全然違うんです。今、思えば、3回目まですべて私が返済に行ったことで、次男の責任感を薄くしてしまっていたのかもしれません。借りるのは次男、返すのは親の私。ホント、バカな話です。
その後、家内が銀行から融資を受け、借金の返済に当て、その融資分を次男が払っています。3回目までは、「俺の40年間の証を一瞬にしてダメにした」という思いもあったのですが、今は自立して生きてゆくための出発点となるのなら、退職金に未練はありません。その原因は親の私にもあるんです。次男だけが悪いのではなく、そこに行き着くまでの親の育て方もあるんです。
優しさの根底に
退職金を子供のために使い、優しいバカな親だと思われるかもしれません。でも、その優しさを突き詰めて考えると、長男との亀裂も関係して、嫌われるのが怖かったんです。無理してでも、相手に合わせる自分。それはつくられた優しさで、私のエゴと世間体。本当に次男のためを思っての優しさではなかったと感じています。
でも、バカな子ほどかわいいというのも事実です。失敗を繰り返す次男は、私にはかわいく、善悪関係なく、弱い者の味方で負けているほうを応援したくなる。まったく厄介な自分の性格。
ギャンブル好きのオヤジが憎いというより、そういうオヤジに自立心を育ててもらったと感謝しているのに、息子には「かわいい子には旅をさせろ」どころか、「旅の道を全部塞いできた」って。
とにかく面倒なことはイヤだったし、子供の苦労を取り除くことが親の役目だと信じていたんです。その考え方、やり方の全部が間違っていたと思います。
新たな一歩!
「ここまで、来られた」というのが今で、借金は返すことで終わりではないです。これから、次男のこころと向き合っていきたいと思っています。もちろん、長男に対しても同じ気持ちで、すべてが途中の話です。
私も含め、多くの人が悩みを持って暮らしています。今、笑ってしあわせそうに見える人でも、言えない悩みを持っているかもしれない。それが、人間だと思います。でも、悩みや苦しみから逃げようとしてもダメなんです。
今、私は “しあわせ” だと思っています。ついこないだまで地獄だと思っていた生活が、なぜ “しあわせ” と言えるかというと、今、次男の借金は悩みではないんです。本当のしあわせになるための新たな一歩として受け入れることができたからです。一攫千金を夢みたり、宝くじが当たって、「借金が返せたら、即しあわせになる?」と聞かれたら、それは本当のしあわせじゃないと言えます。
そんなカタチだけでは、すぐに新しい問題がやってきます。毎日の生活で築き上げたものが本当のしあわせで、不幸のもとにしていたものが今、私のこころの中ではなくなったんです。
私の『しあわせになる』
家族の中で「ありがとう」「ごめんなさい」が言えますか? 私は、いちいち言葉で表現しなくても、「家族なんだから、お互いの気持ちはわかるだろ!」という思いが人一倍、強いんです。だから、まだ、私は素直に「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない。でも、人生は一日一日の積み重ねです。
しあわせは待っていてもやってこない、身近なところで、こころで感じることです。その日その日のしあわせを感じて、その日その日を悔いのないように過ごしていく。そして、私にとっては簡単じゃないけど、家族に「ありがとう」「ごめんなさい」が言える自分になる! これが今の私の目標です。
(大きな乗りもの 2007年06月号)



