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72歳の引越し
山柾君子
 私、今、すごい“なんか疲れているなぁ”っていうのを改めて感じています。というのは、先月9日に引っ越して来たばっかりです。私、72歳ですけど、この歳になって引っ越しをすることも、まぁ、思ってもみなかったっていうか……。
 家がもう住めなくなって、親が住んでいた家ですけど、そこに私は出戻ってきて、そこで妹と2人で暮らしてきたんです。市営住宅に申し込んでいたんですけど、それがもう6年間、ダメだったんですね。ずーっと。で、やっとここへきて、息子が住んでいる町に当たりまして、今のこの状態なんですね。
 それで、“どうして、こういうふうな巡り合わせになるのかな?”って、考えるのね。
 私も離婚したりとか、いろいろ、ありましたけど、おかげさまで子ども2人を生ませてもらって、そのうちの1人が住んでいるってことで、そこに来れるということが、どういうことなのか? って。私になんの役目というか……、つらつら、考えるのね。

 私と妹もあんまり、仲良いきょうだいではないんです。五つ離れていたから、まず、一緒に遊ぶってこともなかったし……、その“環境”ですね。その環境があまり良くない。だから、きょうだいがあまり良い関係になかった。そういう中で育った私ですから、子どもを育てる時に、別に息子2人が仲悪いわけじゃないですけど、そんな親しいっていう関係でもないわけですよ。
 そうすると、やっぱり、私が居なくなってから兄弟2人だけで、まぁ、私が亡くなるっていうことは、お葬式もあげなきゃいけないし、それこそ、さっきも話にでた「お墓の問題」とか、そういうこともあるわけですよ。
 だから、“兄弟がなんでも話しあえるような、そういう切っ掛けをつくっていかなきゃいけない。そのためにここへ来たのかな!?”って。そういうことを今、つらつら考えているわけです。
 私も、もう、本当に生活が大変だったので、子どもをほっぽりっぱなしで、二人とも結婚はしたけど、両方のおうちに任せっきりなんですね。経済的になにかするっていうことが、まったくできなかったもので……。でも、幸い、お嫁さんのご家庭に恵まれて、孫の面倒も全部みてもらっていて、今まで呑気な、幸せな生活をおくってきたわけです。

 それで、今ここへ来て、ちょっと、子どもとの距離が近くなって、さっそく、この間、孫が中学校でソフトボール部に入っているもので、「練習試合があるから来るか?」なんて声をかけてくれて、行ったわけですよね。
 そしたら、やっぱり、自分の分身みたいにね、孫がソフトボールをしている姿を見て、自分も“あっ、つながりがあるんだな”って。そういうことを感じられる“しあわせ”も味わわせてもらって、“今、本当にしあわせだな”と思いつつ、やっぱり、“自分はこの子たちになにを残していけるんだろうか?”って。
 で、やっぱり、法華経を勉強させていただいているわけですからね。今日のつどいで、「お仕事している時は本当に大変だったけど、でも、お仕事を辞めて、地域でいろいろと楽しいことをみつけて、地域の人たちと楽しく、今、やっていけている」っていう話をお聞きして、私は“素晴らしいな!”って。
 やっぱり、「在家仏教こころの会」の人たちとだけ、やっていればいいんだって、そういうものじゃないわけですよね。地域の中で、私たちがまだ、やれる役目っていうかな!? 役目でもないけど、自分が楽しんで、どれだけの人と仲良くできるかなっていうのを、こう、なんて言うのかな……。できていったら、本当に、人生も豊かでしあわせなんじゃないかなって。
 “前の所が良かったな”っていう思いもあるけど、今、ここに来た理由っていうか、そういうものを考えながら、これから、また、楽しんで、世界を広げたいと思います。
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